インジウムリン(InP)危機の最新局面|JX金属1200億円投資とLumentum新工場、光半導体争奪戦が加速

インジウムリンの輸出制限と展望 先進パッケージング・半導体材料

中国のインジウムリン(InP)輸出規制が長期化するなか、光半導体サプライチェーンの再編が急ピッチで進んでいる。JX金属は2026年6月16日、4か年で最大1,200億円というInP基板過去最大規模の設備投資方針を発表。Lumentumは米ノースカロライナ州に24万平方フィートのInP専用新工場を設立し、AXTのInP受注残高は1億ドルを突破した。一方で中国は部分的な輸出緩和を見せながらも、上流のインジウム金属そのものへの規制強化という次の一手を準備しつつある。

本稿は、前回記事(中国のInP輸出規制で光半導体危機!AIデータセンターと日本企業への影響)に続く最新アップデートとして、JX金属・住友電工・三菱電機など日本企業の動向、Lumentumの米国内製造戦略、中国の輸出管理戦略の最新局面を整理する。

JX金属が最大1,200億円のInP基板投資を決定

JX金属は2026年6月16日、今後4か年で最大1,200億円を投じてInP基板の生産能力を2025年度比7〜10倍に引き上げる方針を発表した。茨城県・磯原工場(北茨城市)に加え、ひたちなか地区にも新たな生産拠点を整備する。

同社のInP基板増産投資はこれが3度目だ。2025年7月に15億円、同年10月に33億円と段階的に拡大してきたが、顧客との対話を通じて「需要はこれまでの見立てを大きく上回る」との認識を強め、今回の異例の大型投資に踏み切った。

米国のAXTも受注残高が1億ドルを突破(2026年Q1時点)。2026年末までに生産能力をさらに倍増させ、四半期あたり3,500万ドルの売上規模を目標とすることを表明している。

※ AXT, Inc.(NASDAQ: AXTI)。カリフォルニア州フリーモント本社の化合物半導体基板メーカー。中国・北京の子会社Beijing Tongmei(北京通美晶体科技)でInP基板を量産する、世界第2位のInP基板サプライヤー。

Lumentumがノースカロライナ新工場を設立、NVIDIAが顧客に

光通信部品大手のLumentumは2026年3月、ノースカロライナ州グリーンズボロに24万平方フィートのInP専用新工場を設立すると発表した。この新工場の顧客としてNVIDIAが正式に名を連ねている点が業界の大きな注目を集めている。AIインフラを支える世界最大のGPUメーカーが、InP光デバイスの安定調達を最優先課題と位置づけた明確なシグナルだ。

同工場はQorvoから取得した既存施設を改装し、InPベースのCW(連続波)レーザーおよびUHP(超高出力)レーザーを製造する。6インチInPウェハを活用した生産ラインで2028年半ばからの量産開始を目指しており、400人以上の雇用も創出・維持する計画だ。

Lumentumはすでに生産能力を4倍に引き上げているが、それでも受注は2028年まで埋まっている状況にある。NVIDIAとの取引深化は、さらなる増産投資への強力な後押しとなる。

住友電工——中国代替の最有力サプライヤーに浮上

住友電工はInP基板の製造から光デバイス製品まで一貫して手掛ける垂直統合型メーカーだ。DFBレーザー・CW-DFBレーザー・EML(電界吸収型光変調器集積レーザー)など、AIデータセンターの光インターコネクトに不可欠な製品を幅広く供給しており、中国規制の影響を受けない安定した供給源として世界から注目されている。ロイターも中国以外の代替供給源として同社を名指しで報じた。

2026年4月には、台湾の光通信部品メーカーLandMark Optoelectronics(聯亞光電)が住友電工とInP基板の長期供給契約を締結した。AXTの輸出許可遅延により直接的な供給混乱を受けたLandMarkが、代替調達先として選んだのが住友電工だ。ただしこの契約は、住友電工が自社光デバイス事業向けに内部消費するInP基板の外販余地をさらに圧縮する側面もあり、他の需要家への供給には一層の制約が生じる。

住友電工は2028年度までに1,000億円規模の設備投資で光通信事業を拡張する方針を固めている。CW-DFBレーザーの生産能力ではBroadcomと並ぶ業界トップクラスであり、TrendForceの分析では2026年のEML・CW-DFBレーザー市場において上位3社(Broadcom・Lumentum・住友電工)が全体シェアの約55%を占めると予測されている。

三菱電機——EML生産能力を2029年度に20倍へ

三菱電機はデータセンター向け高速光デバイスEMLにおいて世界シェア1位(2023年度実績)の地位を持つ。同社は2029年度にかけてEML生産能力を2020年度比で20倍に拡大する計画を進めており、兵庫県伊丹市の高周波光デバイス製作所が主力増産拠点となる。800G/1.6T対応製品への需要急増を背景に、増産計画はさらに上方修正されている。

中国の戦略——「緩める」ふりをしながら「締め付ける」

2026年5月末、中国はVPEC(宏捷科技)やLandMark Optoelectronicsなど台湾の光通信メーカー向けに、2026年分の第1回ロット出荷を許可した。市場のボトルネックは若干緩和されたものの、規制の根本的な枠組みは変わっていない。CoherentのCEOがトランプ大統領の訪中団に同行してInP輸出許可の問題を直接提起し、5月のトランプ・習近平首脳会談でも協議されたが、Digitimesによれば会談後も規制は「変更なし」の状態が続いている。

さらに懸念されるのが、規制が「上流」へと波及しつつある点だ。InP基板の原料となるインジウム金属の輸出についても欧州バイヤーへの審査が厳格化しており、北米の輸入業者では輸出承認に数日を要するようになっている。米国防総省は今後3年間でインジウム403トンの戦略備蓄を検討しているとされ、インジウム金属が次の規制対象になりうるとの警戒感が高まっている。

中国国内の増産は「国内向け」が優先

雲南鍺業(Yunnan Germanium)は2026年4月に1億8,900万元(約2,800万ドル)を投じ、年産45万枚体制への拡張を発表。同社の2025年年次報告書ではInPウェハ出荷数量が前年比74%増となっている。広東仙道(Guangdong Xiandao)も子会社を通じて年間40トンのInP結晶生産プロジェクトを立ち上げた。しかしこれらの中国国内メーカーは当面「国内市場への供給を優先」する方針とされており、仮に輸出が承認されても量は限られる見通しだ。

加えて、CoherentやLumentumが中国製InPに切り替えるには12〜24か月の品質認定プロセスが必要だ。長年取引してきたAXT・住友電工からの即時切り替えは現実的ではなく、中国国内増産が世界の供給不足を解消する道筋は短期的には見えない。

需給ギャップは70%超——解消は2027年以降

2026年のInP有効生産能力は業界全体で60〜75万枚/年にとどまる一方、需要は260〜300万枚/年に達しており、供給ギャップは70%を超える。AIサーバー1台が必要とする光モジュール数は標準サーバーの10倍以上で、さらに次世代の1.6Tモジュールは800Gモジュールの約2.7〜2.8倍のInP基板を必要とする。

InPの結晶成長ラインを新規に立ち上げるには3〜5年のリードタイムと、1ライン当たり12億元(約175億円)以上の設備投資が必要だ。JX金属やAXTが大型投資を決断したとしても、その効果が市場に本格的に現れるのは2027〜2028年頃になる。業界予測では2030年までInP需要は年率25%以上の成長が続くとされており、構造的な需給逼迫は長期化する見通しだ。

まとめ——InP危機は「第二フェーズ」へ

JX金属の1,200億円投資やLumentumのノースカロライナ新工場は、InP不足の深刻さを市場が正面から認識し始めた証だ。NVIDIAがLumentumの顧客として名乗りを上げたことは、光半導体材料がAIインフラの死命を制する要素として最上位に位置づけられたことを意味する。

中国は部分的な輸出緩和を見せる一方、インジウム金属という上流への規制強化を着々と準備しており、「完全禁輸ではなく選択的な締め付け」という戦略は当面変わらない。その中で住友電工・JX金属・三菱電機という日本企業は、世界のInPバリューチェーンで代替不可能な存在感を高めている。増産ラインが立ち上がる2027〜2028年まで、日本のInPサプライヤーはかつてない需要圧力と価格優位性の中に置かれることになる。

関連記事

参考記事

コメント

タイトルとURLをコピーしました