中国インジウムリン(InP)輸出規制は、その後どうなったのか。2025年2月に中国が輸出許可制を導入してから1年以上が経過した現在も、規制は継続され、6インチInPウェハー価格は250%超高騰するなど、AI・光半導体サプライチェーンへの影響は拡大している。住友電気工業は生産能力増強計画を上方修正し、JX金属も大型投資を継続する一方、台湾の光通信メーカーは供給不足への対応を迫られ、InP問題は米中貿易交渉の議題にまで発展した。
本記事では、中国インジウムリン(InP)輸出規制のその後の最新動向をはじめ、価格高騰の背景、日本企業・台湾企業への影響、NVIDIAやLumentum、Coherentの対応、今後の供給不足の見通しまで詳しく解説する。
6インチInPウェハー価格が250%高騰
中国商務部が2025年2月にInPの輸出許可制を導入して以降、6インチInPウェハーの価格は1枚約1,400ドルから約5,000ドル(約80万円)へと250%超も高騰した。InPは電気信号と光信号を高効率で相互変換できる化合物半導体で、AIデータセンター内部の高速光通信に不可欠なうえ代替が利かず、価格高騰に拍車がかかっている。
米国地質調査所(USGS)によると、中国は世界のインジウム生産量の約70%を占める。一方InP基板の生産能力は住友電気工業(約40%)・AXT(約35%)・JX Advanced Metals(約10%)の3社で世界の約8割を占める。上流を中国に依存し下流は寡占という構造が、今回のショックを増幅させた。
象徴的なのがAXTのケースだ。同社の中国子会社は2025年6月まで最初のInP輸出許可を取得できず、約4カ月にわたり出荷不能に陥り、「InP輸出許可は現在の最大の課題」とコメントしている。光部品大手ルメンタムも生産能力を4倍に引き上げてなお需要に追いつかず、受注は既に2028年まで埋まっているという。基板の切り替えには通常12〜24カ月の技術検証が必要で、需給ギャップは短期間では解消しない見通しだ。
住友電工が増産計画を上方修正|2.4倍から3.1倍へ
住友電気工業は2026年7月2日、伊丹製作所(兵庫県伊丹市)のInP基板生産能力について、従来の「2024年度比2.4倍」計画を「2028年度までに3.1倍」へ上方修正すると発表した。
AI普及によるデータセンター向け光通信部品の需要増を受け、180億円を追加投資する。同社は自社生産が現時点で中国の輸出規制の直接的な影響を受けていないとするが、生産能力の多くが内製向けであるため、世界市場全体の需給緩和への効果は限定的との見方もある。
これは前回記事で報じたJX金属の1,200億円投資(2025年度比7〜10倍、磯原工場増強+ひたちなか新工場)と並ぶ動きで、世界供給の約7〜8割を握る日本勢がAI特需に応じて二段構えの大型投資を進めている格好だ。ただしJXの新拠点立ち上げは段階的であり、供給不足の即時解消にはつながらない。
台湾光通信サプライチェーンへの打撃
InP逼迫は川下の台湾光通信メーカーにも及んでいる。全新光電(Global Communication Semiconductors、2455.TW)と聯亞光電(LandMark Optoelectronics、3081.TW)は、主要調達先であるAXTの許可遅延を受けInP基板の供給途絶に直面した。両社はNVIDIA関連のAIサーバー向け光通信部品サプライチェーンに組み込まれており、上流の許可証行政が下流企業の生産計画にまで波及する構図が鮮明になった。
供給リスクの分散も進む。聯亞光電(LandMark Optoelectronics)は2026年4月、住友電気工業とInPの長期供給契約を締結し、中国依存からの調達先切り替えを図った。もっとも基板切り替えには1〜2年規模の認定期間が必要なため、契約締結が即座に供給正常化につながるわけではない。
米中貿易交渉の焦点に浮上したInP
InP問題は企業間のサプライチェーン課題を超え、米中通商交渉の議題にまで発展している。2026年5月上旬、NVIDIA出資の光部品メーカー・コヒレントが決算説明会でInP不足を公式に警告すると、直後にジム・アンダーソンCEOがトランプ米大統領の訪中ビジネス代表団に同行し、中国側に輸出許可の遅延問題を提起したとされる。米政府関係者によれば、トランプ氏と習近平国家主席による5月14〜15日の首脳会談に先立ち、米中の貿易交渉担当者はソウルで既にこの問題を協議していたという。
コンサルティング会社Albright Stonebridge Groupのポール・トリオロ氏は、中国が完成品を直接止めるのではなく、上流の化合物・基板・金属の輸出を遅らせたり条件付けたりする、より精緻な「材料ボトルネック」戦略を発展させつつあると分析する。2023年のガリウム・ゲルマニウム規制と軌を一にする動きだ。
NVIDIAの巨額投資とLumentum新工場
米国側もかつてない規模でリソースを投入している。NVIDIAは2026年3月、コヒレントとルメンタムにそれぞれ20億ドル(約3,200億円)を投資し、光部品の安定供給確保に動いた。コヒレントはテキサス工場のInPウェハー生産能力を2025年に倍増、2027年末までにさらに倍増させる計画だが、新拠点が相応の生産能力を備えるまで通常2〜3年を要し、増産ペースの遅さが業界共通の課題となっている。
ルメンタムも2026年3月、米ノースカロライナ州グリーンズボロに新たなInP系光デバイス製造拠点の設立を発表した。Qorvoから取得した既存施設を改修し、連続波(CW)・超高出力(UHP)レーザーなどを生産する計画で、NVIDIAが主要顧客となる見込み。量産開始は2028年半ばの見通しだ。
中国国内メーカーの増産、輸出優遇の兆しはなし
輸出規制は中国国内のInPメーカーにとって事業拡大の機会にもなっている。雲南鍺業(Yunnan Germanium)は2026年4月、約1億8,900万人民元(約28億円)を投じ年産45万枚規模への拡大を発表し、2025年のInPウェハー出荷量は前年比74%増加した。広東先導(旧Vital Materials)傘下の広東先瑞も年間40トン規模のInP結晶生産に新規投資している。
もっとも業界関係者によれば、中国政府が国内企業の輸出許可を優遇している兆候は今のところ見られず、主要メーカーも当面は国内市場優先の方針という。ハイエンド6インチ基板の中国国内での国産化率も依然低水準にとどまり、規制が短期的に世界のInP不足を緩和する方向には働きにくい。
今後の見通し|構造的供給不足は数年続く
世界のInP市場は当面、構造的な供給不足から抜け出せそうにない。ルメンタムの受注は既に2028年まで埋まり、250%の価格高騰には需給逼迫だけでなく、政府の裁量的な許可運用にさらされる材料に買い手が支払う「リスクプレミアム」も含まれるとの見方がある。
コヒレントは主にAXTから、ルメンタムは主に住友電工とJX Advanced Metalsから調達しており、短期間でのサプライヤー切り替えは難しい。JX金属の新拠点立ち上げ時期、中国の許可運用の緩和動向、非中国系サプライヤーへの切り替えに伴う長期認定サイクル——この3点が今後の業界再編を左右しそうだ。
まとめ
- 6インチInPウェハー価格は250%超高騰し1枚約5,000ドルに。AXT中国子会社は約4カ月の輸出許可空白を経験
- 住友電工が増産計画を「2.4倍」から「3.1倍」(2028年度目標)へ上方修正、180億円を追加投資
- JX金属の1,200億円投資と合わせ、日本勢が世界供給の約7〜8割を担う体制を強化中
- 台湾の全新光電・聯亞光電は供給途絶に直面、後者は住友電工と長期契約を締結
- InP問題は米中貿易交渉の議題に浮上、コヒレントCEOがトランプ訪中団に同行
- NVIDIAはコヒレント・ルメンタムに各20億ドルを投資、ルメンタムはノースカロライナ新工場(2028年半ば稼働)を計画
- 中国国内メーカーも増産を急ぐが輸出優遇の兆しはなく、供給不足の解消は数年単位で見込まれる
参考記事
- 住友電工、光通信の半導体材料生産3倍 AI需要で従来計画引き上げ|日本経済新聞
- インジウムリン基板の大幅な生産能力増強に向けた設備投資方針を決定|JX金属
- リン化インジウム価格が250%高騰、中国の輸出規制が世界のAIデータセンターの急所を突く|BigGoファイナンス
- Lumentum Announces New U.S. Manufacturing Facility to Produce Advanced Lasers for the World’s Largest AI Data Centers|Lumentum
- JX金属が1,200億円を賭けるInP基板:半導体素材の「新しい地政学的武器」とは何か|XenoSpectrum


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