中国がインジウム(In)輸出審査をしたたかに強化|光半導体・CPO(光電融合)・AIデータセンター供給網への影響

中国がインジウム輸出規制を強化 先進パッケージング・半導体材料

中国がインジウム(In)の輸出審査を強化し、光半導体業界に緊張が広がっています。インジウムはインジウムリン(InP)やシリコンフォトニクス向けレーザーの重要材料であり、光電融合(CPO)やAIデータセンターを支える戦略資源です。本記事では、中国の規制強化がTSMC(台積電)やNVIDIA、住友電工、JX金属などのサプライチェーンに与える影響と今後の展望を解説します。

インジウムリン(InP)規制から、本丸「インジウム」へ

北京は2025年2月にリン化インジウム(InP)を正式な輸出管理リストに追加し、この措置は直ちに光チップメーカーのサプライチェーンを複雑化させた。そして今、さらなる一手が打たれた。

ロイターが報じたところによると、

中国がインジウム輸出に対する税関審査を強化しており、AIデータセンター向けチップに不可欠なこの金属を中国に依存するグローバルバイヤーの間に警戒感が広がっている。

インジウム地金自体はまだ中国の正式な輸出管理リストには含まれていないが、一部の購入者は初めてエンドユーザー情報の開示を求められ、承認に要する時間も数時間から数日に延びている。

ロイターの取材に応じた欧州の購入者は、初めてエンドユーザーの物理的な所在地を含む詳細情報の開示を求められた。北米の大口バイヤーは、承認に要する時間が従来の即日処理から数日間に延びたと報告し、この変化を「緊迫した状況」と表現した。別の北米バイヤーは、この報告要件は「輸出規制または完全な輸出禁止の前触れだ」との見方を示した。

今回の措置は、中国がこれまで段階的に積み上げてきた資源カード戦略の延長線上にある。2023年以降、中国はガリウム・ゲルマニウム関連品目の追加、黒鉛関連品目の調整、アンチモン関連品目の新規追加を行ってきた。そして2025年2月には、タングステン、テルル、ビスマス、モリブデン、インジウム関連品目の新規追加が施行された。InP規制に続いてインジウム地金本体への審査強化という流れは、まさに「化合物半導体の原料を川上から遮断する」戦略の完成形に向かっている

インジウムが戦略物資である理由——エピ成長の壁

中国は世界のインジウム生産をほぼ独占しており、供給量の約70%を占める。この柔らかく展延性に富む金属は、主に亜鉛精錬の副産物として生産され、フラットパネルディスプレイやはんだ付けに長年使用されてきた。しかし、AIデータセンターの爆発的な成長を支える高速光通信チップの製造に不可欠な化合物であるリン化インジウム(InP)の原料として、その戦略的重要性が急激に高まっている。

InPが光半導体にとって代替不可能な根本理由は、エピタキシャル成長(Epi成長) の物理的難しさにある。InPウェハー上に薄膜の化合物半導体層を積層するこの工程は、シリコンの熱酸化と異なり、温度・圧力・ガス組成の微妙な制御を要する。歩留まりを安定させるには数年単位の生産ノウハウの蓄積が不可欠であり、新規参入者が短期間で量産レベルに達することは極めて困難だ。

さらに、InPウェハーは現在も大半が3〜4インチ径の小口径品が主流であり、シリコン半導体の12インチ(300mm)に比べて生産効率が桁違いに低い。光源チップ(レーザーダイオード)の歩留まりは結晶品質に直結するため、原料インジウムの純度と供給安定性が製造コスト全体を左右する。

高速光通信の光源(レーザー)にはInPが不可欠だ。シリコンフォトニクス(SiPh)が普及しても、光そのものを生成できないシリコンに代わって外部からInP光源チップを貼り付ける必要があるため、需要は減るどころか増える一方だ

NVIDIA、Google、Metaなどが建設する次世代AIファクトリーは、サーバー間の通信帯域を確保するために大量の光トランシーバーを必要とする。その光源チップの主役がInPレーザーであり、原料となるインジウムの入手可否はAIインフラ建設のペースを直接左右する。

TSMCの光電融合(CPO)戦略と「InP遮断」の意味

光電融合(CPO)とは

ここで見落とせないのが、TSMC(台積電)が推進する光電融合(CPO:Co-Packaged Optics)戦略との関係だ。

CPOは、スイッチICやロジック半導体と、電気と光を変換する光学エンジンを同じパッケージ基板上に実装する技術だ。

従来は光学エンジンをプリント配線基板(PCB)経由で接続していたが、CPOによってパッケージレベルまで近接させることで、低消費電力・高速・高密度の光接続が実現する。AIデータセンター向けのCPOスイッチASIC(Broadcom、Marvell等が開発)はこのアーキテクチャを前提としており、TSMCのCoWoS・SoIC等の先端パッケージング技術が量産の物理的基盤となっている。

「InP遮断」の意味

そのCPOの中核部品こそがELS(External Laser Source:外部レーザー光源)だ。シリコンフォトニクスICは光を変調する機能を持つが、光そのものを生成できない。外部から高品質なレーザー光を供給するELSのレーザーチップには、InP(インジウムリン)が使われる。NVIDIAのQuantum-X800 CPOスイッチでは、18個のELSモジュールが144チャネルの光通信を支えている。

つまり因果連鎖はこうだ。中国がインジウム供給を絞る→InP Epiウェハーの生産が詰まる→ELS(外部レーザー光源)が不足する→CPOスイッチASICが組めない→TSMCの光電融合パッケージングが滞る→AIデータセンターの建設ペースが鈍る。

中国はこの連鎖を熟知した上でInP規制に続いてインジウム本体の審査強化に踏み込んだ。光電融合(CPO)を唱えるTSMCにとってInPが途絶えることの意味を、北京は正確に理解した上での、したたかな悪意の戦略といわざるを得ない。

NVIDIA・Coherentが動いた理由

InP規制の影響は深刻で、NVIDIAが出資するフォトニクス企業コヒレント(Coherent)のCEO・Jim Andersonは、この問題を提起するため2025年5月にドナルド・トランプ米大統領と共に北京を訪問した。Coherentが同年5月初旬の決算説明会でInP不足を警告してからわずか1週間後の出来事だ。また、トランプ大統領と習近平国家主席の5月14〜15日首脳会談に先立つソウルでの米中通商協議においても、InP輸出ライセンス遅延が議題に上ったことが、2名の米政府関係者と事情通1名によって明らかにされている。

NVIDIAはその後、InP光源の安定調達に向けた動きをさらに加速させた。2026年3月、CoherentとLumentumへの各20億ドル出資と複数年にわたる購入契約を発表。両社のプレスリリースに共通するフレーズは「U.S.-based manufacturing capabilities(米国内の製造能力)」だ。中国リスクを米国内生産で迂回する意図が明確に示されている。

Coherentはテキサス州シャーマンに世界初の量産6インチInPウェハー製造ラインを有する。現在の主流InPファブが3〜4インチウェハーを使用しているのに対し、6インチへの移行は面積比で約4倍の有効チップ面積を確保でき、光源チップ歩留まりの改善とコスト削減を同時に実現できる。NVIDIA投資の一部はこの6インチライン増強に充てられており、光トランシーバー量産ラインの能力増強とも連動している。

一方、LumentumはCHIPS法補助金も活用しながら北カロライナ州に新工場を建設中であり、NVIDIAを主要顧客として想定した生産体制を整えつつある。

米国防総省も備蓄に動く

産業界だけでなく、米国の安全保障当局も危機感を示している。今年初め、米国防兵站局(DLA)は3年間で最大403トンのインジウムを備蓄することを目指す提案依頼書を発行した。インジウムが軍事・安全保障上の戦略物資として位置づけられたことは、この問題が単なる産業供給の問題にとどまらないことを示す。

G7首脳が重要鉱物同盟の形成を誓ったタイミングと重なったことも、国際社会の危機感の高まりを象徴している。

日本企業への影響と対抗策

JX金属(JX Advanced Metals) はInP基板の世界最大手メーカーの一角を占める日本企業だ。2026年6月16日に発表した4年間で最大1,200億円(累計約1,500億円)という設備投資は、光通信用InP基板を2025年度比で7〜10倍に増産する計画を裏付けるものだ。JX金属のInP基板は世界シェアの約10%を占めており、AXT・住友電工と並ぶ「非中国系サプライヤー」として、中国規制強化後の代替調達先として急速に注目を集めている。

住友電工の技術力も際立つ。CPOの光源として主流となるCWレーザー(連続波レーザー)の高出力化で先行し、変調器集積型レーザー(EML)も量産している。InP化合物半導体基板の4インチウェハプロセスは業界トップクラスのコスト競争力を持ち、2025年11月の成長戦略説明会ではDC棟内用光デバイスの生産能力を2028年までに2023年比12倍に拡大する計画と1,000億円規模の増産投資を発表した。NVIDIAが2025年3月に公表したCPOエコシステムの公式サプライヤーリストにも「Lumentum、Sumitomo、Coherent」として名を連ねており、国際的な位置づけは確固としている。

ただし、インジウム地金の調達という観点では日本も盤石ではない。InP基板の国内生産能力は持つものの、原料となるインジウム地金そのものは国内生産量が限られており、中国依存度の低減は日本企業にとっても急務だ。

「武器化された鉱物」の連鎖

中国はガリウム(2023年)→アンチモン(2024年)→InP・インジウム(2025年〜)と、着実に「光半導体サプライチェーンの川上」へと規制の照準を合わせてきた。InPという化合物半導体を狙い撃ちにした後、その原料であるインジウム地金本体の審査を強化するという二段構えは、CPO時代の光半導体供給網全体を人質に取る戦略として機能する。

正式な規制には至っていないものの、インジウム輸出に対する審査強化は、激化するテクノロジー冷戦においてこの金属がガリウム、ゲルマニウム、アンチモンと並び、武器化された商品の仲間入りをする可能性があるという「計算された警告」だ。

欧州連合(EU)も2023年に重要原材料法(Critical Raw Materials Act)を制定して域内供給強化に乗り出しており、G7サミットでも「重要鉱物のサプライチェーン強靭化」が共同声明に盛り込まれた。インジウムを巡る攻防は今後、外交交渉の道具となる可能性が高い。しかし、AIデータセンター建設の現場レベルでは、InP Epiウェハーや光トランシーバー量産ラインへの材料供給が滞る日常的な不安が、光半導体産業の中長期投資判断に影を落とし続けることになる。


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