2026年6月に発覚したFortiBleedは、約7万4000台のFortiGate認証情報が流出した大規模セキュリティインシデントです。この事件が浮き彫りにしたのは、SSL VPNやパスワード認証、MFA(多要素認証)であっても、マルウェアや中間者攻撃によって認証情報そのものが窃取される「秘密依存型認証」の限界でした。
本稿ではFortiBleedの手口と背景をひも解きながら、その根本的な解決策として注目されるPUF(Physical Unclonable Function)と、新たな認証アーキテクチャPCA(Physical Cyber Authentication)の可能性、そしてAI時代の認証が向かう方向性を考察します。
FortiBleedで浮き彫りになった認証情報依存のリスク
FortiBleedでは約7万4000台分のFortiGate関連認証情報が流出した。セキュリティ研究者のVolodymyr “Bob” Diachenko氏が、攻撃グループが誤って公開状態にしたサーバーを発見したことで事件が明るみに出た。流出データは194か国・2万1632ドメインにわたり、Samsung、Siemens、Oracle、Foxconnといった大企業も含まれていた。
重要なのは、攻撃者がVPN暗号を解読したわけでも、SSL/TLSを破ったわけでもないという点だ。狙われたのはユーザー名・パスワード・VPN認証情報・管理者アカウントといった「認証情報」そのものだった。
攻撃の手口も注目に値する。グループはFortiGate固有の旧来の流出データベースおよびInfostealerマルウェアのログを組み合わせ、1.16億件超の認証試行を約32万台超のFortiGateに対して実行したとされる。さらに45台のGPUクラスターを使ってSSL VPN認証ハッシュをオフラインでクラックする手法も確認されている。
FortiBleedは単なる漏えい事件ではない。「秘密を持っている者が本人である」という認証モデルの限界を示した事件として捉えることができる。
認証技術はどのように進化してきたのか
インターネットの歴史は、認証技術の進化の歴史でもある。「何を信頼するか」が時代とともに変化してきた。
第1世代:Password認証
認証技術の原点はパスワードである。利用者だけが知る秘密情報によって本人確認を行うシンプルな仕組みは、長年にわたり利用されてきた。しかしパスワードの使い回し、フィッシング詐欺、Infostealerマルウェアによって安全性は大きく損なわれている。
FortiBleedが示した通り、25文字以上の複雑なパスワードでさえ、Infostealerに感染していれば平文で漏えいしてしまう。パスワードの複雑さは、Infostealerを前にしてはほぼ無意味だ。
第2世代:MFA(多要素認証)
スマートフォン、ワンタイムパスワード、指紋認証などを組み合わせるMFA(Multi-Factor Authentication)は安全性を高めた。しかしMFAも「秘密情報を持っている者が本人である」という思想の延長線上にある。
近年ではAiTM(Adversary-in-the-Middle)攻撃によってMFAを回避する事例が急増している。攻撃者はリバースプロキシを被害者と正規の認証サーバーの間に設置し、ユーザーがMFAを完了した後に発行されるセッションCookieを窃取する。
MFAを「破る」のではなく、MFAが成功した後の証明書を盗む手口だ。AiTM攻撃は2025年に46%増加したとも報告されている。
第3世代:SSL/TLSと公開鍵暗号(PKI)
現在のインターネットを支えているのはSSL/TLSである。HTTPS通信では公開鍵暗号とデジタル証明書を利用してWebサーバーの真正性を確認しており、Password時代の「人間認証」からサーバーやデバイスそのものの認証へと大きな転換が起きた。
しかしSSL/TLSの安全性も秘密鍵の保護に依存しており、秘密鍵が漏えいすれば正規サーバーになりすますことが可能になる。
つまりPasswordとSSL/TLSは仕組みこそ異なるが、「秘密を持っている者を信頼する」という点では共通している。
PUFとは何か|Hardware Root of Trustを実現する技術
こうした秘密鍵依存型認証の課題を解決する技術として注目されているのがPUF(Physical Unclonable Function)である。
PUFの仕組み
PUFは半導体製造時に自然発生する微細なばらつきを利用する。人間の指紋が一人ひとり異なるように、半導体チップにも固有の物理特性が存在する。PUFはその個体差を「チャレンジ-レスポンス」のペアとして利用し、チップの真正性を証明する。
チャレンジ(特定の入力信号)を与えると、そのチップ固有の物理特性に基づいた一意のレスポンスが生成される。このレスポンスは製造プロセスのランダムなばらつきに由来するため、理論上は複製不可能だ。秘密鍵を保存する必要がなく、必要なときに物理特性から鍵情報を生成できることから「Hardware Root of Trust(ハードウェアの信頼の起点)」を実現する技術として期待されている。
PUFの課題
PUFは強力な技術だが、課題もある。温度変化・電圧変動・経年劣化への耐性確保のためにエラー訂正(ヘルパーデータ等)の実装が必要で、機械学習攻撃によるチャレンジ-レスポンスペアの推定リスクも存在する。そして最大の課題が「数の問題」だ。PUFは専用に設計された高価なSoC(System-on-a-Chip)が必要なため、スマートフォンなどハイエンドIoTデバイスにしか搭載できない。
中・低価格帯のIoTデバイスやセンサーには普及しておらず、ネットワーク全体をPUFで保護することが現実的に困難な状況にある。
新技術PCAとは何か|台湾・陽明交通大学 渡邊教授が提唱する次世代認証
PUFの「数の問題」を解決する技術として、台湾・国立陽明交通大学(NYCU)電気電子工学科の渡邊教授が提唱しているのがPCA(Physical Cyber Authentication)である。
PCAの核心——「エンジンレスPUF」
PCAの最大の革新は、専用のPUFエンジンチップを一切使わずに、あらゆるIoTデバイスに標準搭載されている汎用ICチップ(コモディティIC)からチップ固有のフィンガープリント(CF)を取り出すという発想にある。
IoTデバイスは必ずネットワーク接続のための通信モジュールを持ち、その通信モジュールにはフレームキャッシュとして安価なDRAMが搭載されている。PCAはこのDRAMチップの製造ばらつき(具体的には、出荷前のウェーハテストで発見されたフェイルビットのアドレスパターン)を物理乱数として利用する。このパターンはアルゴリズムではなく物理的なランダム性から生成されるため、複製不可能だ。
チャレンジ(C)が外部から入力されると、ソフトウェアがDRAMからCFを取り出し、ハッシュ関数を用いてレスポンス R = H(C, CF) を生成する。この仕組みによってデバイスのブロックチェーンアカウント(論理ノード)が物理的なICチップに紐付けられ、セッションスプーフィングが根本的に防止される。
PCAの技術的優位性
渡邊教授らの実験では、DDR3/DRAM 1116チップを用いた耐久試験(125℃・168時間焼成)でビットシフトがゼロであることが確認された。この条件はフラッシュメモリの10年耐久試験に相当する。また124チップを用いた温度安定性試験でも、−40℃〜105℃の全域でビットエラーレート(BER)ゼロが確認されている。
フューズ/アンチフューズ(F/AF)セルはFETを使わないため温度依存性がなく、PCAはこのF/AFセルを内部に持つコモディティDRAMを利用することで、SRAM PUFや回路PUFが抱える温度不安定性と耐久性の問題を根本的に解決している。
PUFとPCAの比較
| 項目 | SRAM PUF | 回路PUF | F/AF PUF | PCA |
|---|---|---|---|---|
| 数の問題への対応 | 低 | 低 | 低 | 高 |
| コスト/台 | 低 | 低 | 高 | 最低 |
| 温度安定性 | 低 | 低 | 高 | 高 |
| Strong/Weak PUF | Weak | Strong | Weak | Strong |
| 耐久性 | 良 | 良 | 非常に良 | 非常に良 |
| BER | >0 | >0 | ≒0 | 0 |
PCAはコストを最低に抑えながら、温度安定性・耐久性・Strong PUF特性のすべてを兼ね備える唯一のカテゴリだ。
SRoT(Session Root-of-Trust)とBlockchain of Chips
PCAはTLSセッション上でクライアント認証を自動化する仕組み(SRoT:Session Root-of-Trust)も実現する。従来の認証局(CA)によるクライアント認証は手動で行われコストと時間がかかるが、PCAはTLSセッション内のプリアプリケーションプロセスとして自動的に完了する。
さらにPCAはBlockchainとの完全な互換性を持ち、ICチップのフィンガープリントをBlockchainアカウントと等価とする「Blockchain of Chips」の構築が可能となる。これにより、AIに入力されるセンサーデータのトレーサビリティをチップレベルで保証できる。
FortiBleedが示した認証技術の未来
認証技術の進化を整理すると次のようになる。
| 世代 | 主役 | 信頼の源泉 |
|---|---|---|
| 第1世代 | Password | 人間の記憶 |
| 第2世代 | MFA | 人間+デバイス |
| 第3世代 | SSL/TLS(PKI) | 秘密鍵 |
| 第4世代 | PUF | 半導体物理特性(高コスト) |
| 第5世代 | PCA | 汎用ICの物理特性(低コスト・大規模展開可能) |
認証技術は、人間の記憶から秘密鍵へ、さらに半導体の物理特性へと進化してきた。PUFはその方向性を正しく示しているが、「数の問題」という壁に直面している。PCAはその壁を、専用チップ不要の「エンジンレスPUF」というアプローチで突破しようとする技術だ。
FortiBleedは約7万4000台分の認証情報流出事件として記録されるだろう。しかし長期的に見れば、それは「秘密を持っている者が本人である」という50年以上続いた認証思想の限界を示した事件として語られるかもしれない。
AI時代の信頼基盤は、もはや人間が覚えた秘密情報だけでは支えられない。本物のハードウェアと、その物理的な証明を大規模に・低コストに展開できるかどうかが、次の時代の認証の分かれ目となる。
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参考記事
FortiBleed関連
- 74,000 Fortinet firewall credentials exposed in FortiBleed data leak — Help Net Security
- FortiBleed: Leaked admin credentials expose nearly 74,000 Fortinet firewalls worldwide — Computing.co.uk
- FortiBleed: 6 Things to Know About the Fortinet Credential Leak — CybelAngel
- CISA Urges Hardening Fortinet Devices After Reports of Credential Exposure — CISA
- Fortinet FortiGate Credential Leak Hits 73,932 Firewalls — TechTimes
AiTM攻撃・MFA回避関連
- Adversary-in-the-Middle Phishing: How AiTM Bypasses MFA — Startup Defense
- AiTM Attacks: The Threat That Makes Your MFA Useless — WorkOS
PUF(Physical Unclonable Function)関連
- Hardware Root of Trust: A Foundation for Secure Systems — Synopsys
- Physical Unclonable Functions (PUF) — Emergent Mind
- PUF Based Root of Trust for High-Security AI Application — Design-Reuse
PCA(Physical Cyber Authentication)関連
- Blockchain, Artificial Intelligence, and Cyber Defense on Sensor Networks — Hiroshi Watanabe, Sensors 2026, 26, 2762 (MDPI)
- Sustainable Ecosystem with AIoT and Blockchain — Watanabe et al., IEEE AIoT 2024
- A Novel Chip-Level Blockchain Security Solution for the Internet of Things Networks — Watanabe & Fan, Technologies 2019, 7, 28
- Can Blockchain Protect Internet-of-Things? — Watanabe, Future Technologies Conference (FTC) 2017


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